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西山公園
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西山公園の地形
 西山公園は、長泉寺山(ちょうせんじざん)にあります。長泉寺山は鯖江市のほぼ中央部に位置し、標高は112.6メートルと小高い丘陵で、3つの地区(長泉寺町・水落町・小黒町)にまたがり、南北に長く連なっています。
 この山名の由来は、東のふもとにある霊池山長泉寺(れいちざんちょうせんじ)によるものだとされています。 また『越前鯖江誌(えちぜんさばえし)』によると、詩人の間では恐らく冬雪が積もった長泉寺山を遠くから見たときに白く長い雪の山に見えたことから「長白山(ちょうはくざん)」と呼ばれていたようです。
王さまが住んでいた? ※写真1
 昭和28年に銅釧(どうくしろ)と呼ばれる古代の副葬品が見つかりました。いずれも有鉤銅釧(ゆうこうどうくしろ)と呼ばれる銅釧の中でもたいへん珍しいタイプのもので、これらは特定の身分の人だけが持っていて身につけた装飾品だと考えられています。
 また、昭和61年には西山公園から弥生後期の遺跡が80基ほど見つかり、これらは長泉寺古墳群と名付けられています。
 これらのことから、鯖江には大昔、土地とそこに暮らす人々を治める権力者が暮らしていたと考えられています。
公園ができたのは江戸時代
 西山公園は今から約150年前(安政年間)頃、鯖江藩7代目藩主間部詮勝(まなべあきかつ)によって開かれ、当初「嚮陽渓(きょうようけい)」と名づけられました。公園は一般に公開されていましたが、これは当時ではたいへんめずらしいことでした。
ツツジの公園 ※写真2
 ツツジの植樹が始まったのは昭和33年に当時の福島市長が美しいまちづくりを提唱し、 2千5百株を植えてからです。ツツジはこのあと毎年増殖し、今では丹精こめたツツジが4万3千株に達し、西山公園は ツツジの公園として親しまれています。
西山動物園は日中友好のシンボル ※写真3
 西山動物園は昭和60年に開園しました。「レッサーパンダ」「キジ」「タンチョウ」「フランソワルトン」「シロテテナガザル」が、日中友好のシンボルとして、中国北京動物園からやってきました。
- 写真 -
有鉤銅釧(ゆうこうどうくしろ)
写真1 有鉤銅釧
鯖江市西山公園遺跡出土
東京国立博物館蔵(写真は複製)
■銅釧のデザインは、貝で作った腕輪の形をまねています。溶けた銅を型に流して作りました。
■有鉤銅釧は全国でも50個ほどしか見つかっていないめずらしい銅釧です。西山公園遺跡からは9点みつかりました。
■西山公園から見つかった9点の有鉤銅釧のうち、現在、東京国立博物館が8点、鯖江市資料館が1点所蔵しています。
写真2 西山公園のツツジ
■毎年4月末〜5月初は公園中のツツジが見ごろになります。
■ゴールデンウィーク期間には毎年「つつじまつり」が開催されています。
写真3 西山動物園
■シュウシュウ(秀秀・左)とパンパン(胖胖・右)
■開園した昭和60年4月11日当時、飼育されていたレッサーパンダは3頭でした(シュウシュウ、パンパン、ケイケイ)。
■現在は14頭が西山動物園で暮らしています。この中には開園当時の3頭の子どもや孫やひ孫もいます。
  • 子ども…リンリン、ランラン、アイアイ
  • 孫…タカシ、ヒサシ
  • ひ孫…マリモ(釧路出身)、コウセイ、ララ、チャタ
  • やしゃご…キララ

また、全国各地の動物園にも3頭の子孫はたくさんいます。
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公園西側 公園西側

■施設
エントランス広場/芝生広場(お祭り広場)/ピクニック広場/老人福祉センター/西山動物園/展望台…等

とても広い公園の西側。西山動物園もこちらにあります。
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公園東側 公園東側

■施設
北の庭/上段の庭/中段の庭/下段の庭/古墳群…等

日本庭園の数々と古墳群があり、公園の歴史の深さが感じられるスペースです。
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